歯列矯正を検討している方や治療中の方から、「歯列矯正で顎が伸びることはありますか?」という質問を時々耳にします。この「顎が伸びる」という表現は、具体的にどのような状態を指しているのかによって、その答えが変わってきます。まず大前提として、大人の歯列矯正において、顎の骨そのものが物理的に成長して長くなるということは基本的にありません。人間の骨の成長は、一般的に思春期後半にはほぼ終了するため、成人後に行う歯列矯正治療で顎の骨の長さが変化することは考えにくいのです。しかし、歯列矯正によって歯並びや噛み合わせが改善されると、顔の見た目、特に口元から顎にかけてのラインやバランスが変化し、結果として「顎が伸びたように見える」あるいは「顎のラインがシャープになったように感じる」といった印象の変化が生じることはあります。例えば、前歯が大きく前突していた、いわゆる出っ歯の方が矯正治療で前歯を後退させると、口元の突出感が減少し、相対的に下顎が前方に出たように見えたり、顎先がすっきりとしてEライン(鼻の先端と顎の先端を結んだ線)が整ったりすることがあります。この場合、下顎骨自体が伸びたわけではありませんが、口元とのバランスが変わることで、顎が以前よりもはっきりとした印象になるのです。また、噛み合わせの高さが低い「過蓋咬合(かがいこうごう)」と呼ばれる状態の方が、矯正治療で適切な噛み合わせの高さに改善されると、下顔面(鼻の下から顎先まで)の垂直的な長さがわずかに増加し、それに伴い顎のラインが伸びたように感じられることもあります。逆に、開咬(かいこう)といって奥歯で噛んでも前歯が噛み合わない状態の方が、矯正治療で前歯がしっかりと噛み合うようになると、下顔面がやや短くなったように見えることもあります。さらに、歯並びが整うことで口周りの筋肉の緊張が取れたり、使い方が変わったりすることも、フェイスラインの印象変化に影響を与える可能性があります。例えば、噛み合わせが悪いために無理に口を閉じていた方の頤(おとがい)部分の緊張が、矯正治療によって解消され、顎のラインがより自然で滑らかに見えるようになることもあります。