歯列矯正をすると「顎が伸びる」という噂を耳にしたことがあるかもしれません。しかし、この表現はしばしば誤解を生むことがあります。結論から言うと、成人になってからの歯列矯正治療で、顎の骨そのものが物理的に成長して長くなる(伸びる)ということは基本的にありません。人間の顎の骨の成長は、一般的に10代後半から20歳前後でほぼ完了するため、それ以降に歯を動かす矯正治療を行っても、骨自体の長さが変化することはないのです。では、なぜ「顎が伸びる」といった印象の変化が語られるのでしょうか。それは、歯列矯正によって歯並びや噛み合わせが改善されることで、顔全体のバランスが変わり、特に口元から顎にかけての見た目に変化が生じるためです。これが、「顎が伸びたように見える」あるいは「顎のラインがシャープになった」という感覚に繋がるのです。具体的にどのような変化が起こり得るかというと、最も多いのは、前歯の突出(出っ歯など)が改善された場合です。抜歯などを伴う矯正治療で前歯を後退させると、口元の突出感が減少し、相対的に下顎が前方に出たように見えることがあります。また、鼻の先端と顎の先端を結んだEラインが整うことで、横顔のシルエットが美しくなり、顎の存在感が際立って見えるようになります。これは顎の骨が伸びたのではなく、歯と口唇の位置関係が変わったことによる視覚的な効果です。また、噛み合わせの高さも影響します。例えば、噛み合わせが深すぎる「過蓋咬合」の場合、矯正治療で適切な高さに調整すると、鼻の下から顎先までの下顔面の長さがわずかに増し、その結果として顔のバランスが変わり、顎がすっきり伸びたように見えることがあります。逆に、前歯が噛み合わない「開咬」の場合、治療によって噛み合うようになると、下顔面が少し短くなったように見えることもあります。さらに、歯並びが整うことで、口を閉じる際の筋肉の不自然な緊張が取れることもあります。例えば、下顎の先端(頤部)に梅干しジワができていた人が、矯正治療で楽に口を閉じられるようになると、そのシワが解消され、顎のラインが滑らかに見えるようになることがあります。これらの変化は、あくまで歯の移動や噛み合わせの適正化、それに伴う軟組織(唇や筋肉)の変化によるものであり、顎の骨自体が物理的に伸長した結果ではありません。