歯列矯正中の食事は、さながら障害物競走のようです。次から次へと現れる「食べてはいけないもの」「注意すべきもの」というハードルを、日々乗り越えていかなければなりません。まず第一の障害物は、「硬いもの」。煎餅やナッツ、骨つき肉などをうっかり噛んでしまうと、ブラケットが外れたり、ワイヤーが変形したりする恐れがあります。りんごや硬いパンは、小さく切ってから奥歯でゆっくり噛む、という工夫が必要です。第二の障害物は、「粘着性の高いもの」。キャラメルやお餅、ハイチュウのようなお菓子は、装置にべったりと絡みつき、取り除くのが非常に困難です。無理に取ろうとすると、これもまた装置の破損に繋がりかねません。第三の障害物は、「繊維質なもの」。えのきやニラ、ほうれん草といった野菜は、ワイヤーとブラケットの間に複雑に絡みつき、食後の歯磨きを非常に厄介なものにします。そして、これら数々の障害物を乗り越えた先に待ち構えているのが、最強にして最後のボス、ご存知「カレー」です。カレーは、硬さや粘着性といった物理的なダメージを与えるわけではありません。その攻撃方法は、もっと厄介な「化学的(色彩的)攻撃」です。どれだけ注意深く食べても、その強力な色素は確実に装置のゴムを侵食し、美しい透明感を無慈悲な蛍光イエローへと変えてしまいます。他の食べ物であれば、食後の丁寧な歯磨きである程度リカバリーが可能ですが、カレーの着色攻撃の前には、歯ブラシはほとんど無力です。このボスを倒す(=食べる)には、「調整日前日」という特定のタイミングでしか現れない弱点を突くしかありません。このように、歯列矯正中の食事管理は、単に栄養を摂るという行為を超えた、一種の戦略的なゲームとも言えます。しかし、この長く険しい障害物競走を完走したとき、あなたは美しい歯並びと、どんな食べ物でも自由に楽しめるという、最高のゴールテープを切ることができるのです。