歯列矯正と「老け顔」を結びつける議論の中で、最もやり玉に挙げられるのが「抜歯」です。特に、口元の突出感を改善するためによく行われる小臼歯の抜歯は、「頬がこける」「ほうれい線が深くなる」といった失敗談の主犯格のように語られることが少なくありません。では、抜歯を伴う矯正治療は、本当に老け顔を招く危険な治療法なのでしょうか。その答えは、「抜歯自体が悪なのではなく、その適応と設計が全てを決める」ということになります。まず、なぜ抜歯が必要になるのかを理解する必要があります。顎の大きさと歯の大きさのバランスが取れておらず、歯が並ぶためのスペースが絶対的に不足している場合(叢生、いわゆるガチャ歯)や、歯が顎の骨に対して前方に傾きすぎて口元が突出している場合(上下顎前突、いわゆる口ゴボ)、歯を並べる、あるいは後ろに下げるためのスペースを確保する目的で抜歯が行われます。これらのケースにおいて、抜歯は理想的な歯並びと噛み合わせを得るための、非常に有効かつスタンダードな手段です。問題となるのは、抜歯によって得られたスペースをどう使うか、つまり「歯をどれだけ動かすか」という治療計画の設計です。例えば、もともと骨格が華奢で頬の肉付きが少ない人が、Eライン(鼻先と顎先を結んだライン)を整えることだけを目標に、歯を最大限まで後ろに下げてしまうとどうなるでしょう。口元のボリュームがなくなりすぎ、皮膚が余ってたるみ、結果として老けた印象になってしまう可能性があります。一方で、同じ抜歯矯正でも、歯を後ろに下げる量を適切にコントロールし、前歯の理想的な傾きや、唇とのバランスを考慮してゴール設定を行えば、顔貌を損なうことなく、美しい口元を実現することは十分に可能です。結論として、抜歯矯正が即、老け顔に繋がるわけではありません。重要なのは、抜歯という選択が本当に必要なのか、そして抜歯後の歯の移動量を、患者一人ひとりの顔立ちに合わせてミリ単位で精密にデザインできるか、という歯科医師の診断力と技術力にかかっているのです。
抜歯矯正は本当に老け顔の原因になるのか